カコログ!

絵師カコのiTunesと音楽中心メモ。


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翳りゆく部屋

11月28日、私と恋人はファンと称する本当にどうでもいい人たちに
長い間翻弄された結果、
愛を失った。

それからというもの、なぜなんだか、めっちゃ運が向いてきた自分(爆)

どんどん友達はできるわ
誘いはかかるわ
皆が私を信じてくれる。
皆がニコニコしていてくれる。
何も知らない人から、全て知ってる人まで。
私ってなんて幸せ者だったんだろう、気付かなかった。

そして今日、やっと、
あの人ともう一度語り合うことができた、短かったけど。

そしてそして。

今度はミクシィでマイミクのiPod nano Pinkさんから
フリーダウンロードのコードをもらっちゃった!!!
「当選おめでとうございます」
って書いてあるから一応、当たったってことなのね。

コードをiTunesに入れてみると・・・・
わぁ!!
すごいじゃない!!
18日までの使用期限付きだけど、
150円または200円の曲を、3曲ダウンロードできるって!
やっぱりこれは、全員プレゼントとは思えないよね
ラッキーだったんだよね!!!うきうき!!

200円の曲って言うのは日本の曲は大抵そうだよね。
200円となるとちょっとケチになる心理があって、
今まで買ったことがある日本の曲は1曲くらいだったなぁ。

そう思って、前から欲しかった沢田研二をまずゲット。

幸せな曲は今はちょっと・・・
幸せなときもあったなぁとふと思う感じもキツイしな。
でも、別れの曲もどうかと思うね。
とはいえ辛い恋の想い出そのものの曲もどうかね。
だって、多分あの感覚はもう、忘れるぞ(笑)

と思いつつも、やっぱり思い出の曲にした。
だって、今日やっとはっきり別れられたようなものだから、
記念日だもんね。
記念に買ってiTunesにずっと入れておくのもいいわ。

沢田研二の「LOVE(抱きしめたい)」

さよなら、をえんえん繰り返す悲痛な歌だけど、
思えば最初からずっと、この曲がテーマソングの
光の見えない恋だった。




さて、二曲目は?どうします?
と思って最適なのを思い出した。
荒井由美の「翳りゆく部屋」
もうこれは大昔から大好きな曲で、
最近になって、カーペンターズに似た曲があると知り、
なんだそういうことかぁ、とちょっと気が抜けたものの、
いつかCDでも何でもいいから欲しかった曲。
これも別れの曲だけど、
いいんじゃないかな?

これが、すごくよかった、
今の私に。
それにやっぱり、この時代の曲って、国内外問わず
ドラマティックで胸がときめく何かがある。
歌詞よりこのコード進行!!!!
ヒッピーやサイケの時代のあの香りがする。


あの頃、私たちははじめて出会った。
まだおとぎの国みたいだった、キラキラの、原宿で。
彼は本当にきらめいていた。
街のスターだった。

私の大好きな、ヒッピーやサイケの時代の名残の
においがした。

私は彼の友達と恋をして
そうするうちに彼は街のスターから、皆のスターになって行き、
見も知らない女の子たちに私たちは邪魔されて
話をするのもこっそりじゃなきゃいけなくなって

私も誰かの彼女から、街のスターへと変わってゆき
それから20年の間に
何もかも
手に入れた。


そして2年2ヶ月前、貴方と再会した。
あの、原宿で。

雨が降っていたね。



今まで2年2ヶ月の間、一日も欠かさず
毎日たくさんメールくれて、ありがとう。
楽しかった。
幸せだったヨ。

建二。

どうか、幸せに。






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仕切りなおし。

書くのをサボっているうちになんだか先の話題に飽きてしまったので、一旦仕切り直すことに。

そもそも、最近、いろんなことが仕切り直しである。
向こうはどう思っているのか知らないけれど、私はもう、見切りをつける部分にはつけたから、今までのようには下らない事で動じたりしないだろう。
自分があまりにも過小評価されていて、マボロシのような連中と同等の位置まで引き下げられてしまい悩んでいたところを、さらに仕組まれた冤罪によってより邪魔にされゴミクズのように扱われてしまうという、そういう精神的苦痛にこの一年間支配されてきたけれど、
そのマボロシのような連中が、ここに至ってやっと、
眼中になくなった。
そうすると、ゴミクズのように扱われているかどうかなんて、
よく判らなくなって、
イイ感じだ。

異常な環境下での愛情の維持や自覚は難しい。
だが、私には理性・知性という武器がある。
自分と闘う武器である


私を救った音楽は
Let The Sunshine In
誰でもどこかで一度は聴いたことがあると思う、名曲。
ベトナム戦争時代の反戦ミュージカルHAIRの劇中歌であり、5th DimensionがAquariousとのメドレーとしてリリースした曲だが、えんえんと繰り返す"Let The Sunshine, Let The Sunshine In, The Sunshine In"のフレーズは一度聴けば忘れ難い。

希望がことごとく打ち砕かれたかのように感じるとき、
夢という夢を奪い去るその争いに、その代償に、
何の意味も価値も見出せないことを思い知るとき
我々は、精神で、勝利するしかない。

心を開き、そこに光を。





さてLet The Sunshine Inという曲の話だが、
最近、ベテラン49ersがAnn-Marie Smithをフィーチャーし、
実にキャッチーでオーソドックスなハウスに仕立ててリリースしているので、ハウス好きは一度聴いてみては。
もしかしたら、イラクで戦死者を出し続けるアメリカの体制を批判してのリリースではないかと思うのは、考えすぎだろうか?なんて、まあそんなことはちょっと調べれば判るのだろうけど、
めんどくさい(爆)

模様替え。

突然、いっぱい書くことができてしまった。
それでテンプレートをまた変えようと思い立った次第・・・
前のはセンスはいいんだけど暗いし重いし・・・

と思ったけどその前の自分でカスタマイズしたヤツも画像が気に食わなかったから、ちょっと直した。

そして、あの頃はチンプンカンプンなままいじってたスタイルシートを軽くいじってライブドアアバターをページトップにはめ込んでみたり・・・。
これが意外とうまく行かなかった、NNで見るとなぜかアバタ画面が縦に二つ並んで出てきてしまう。アバターの下のいらんリンク(ライブドアがくっつけてるヤツ)が同じアバター画面に化けちゃってるみたい。
こいつはスタイルシートのせいではないと思われ。
めんどくさ~
NNで見ないでね。もうなおさないから~

新しい記事を書くのがほんとの目的なのに、まだやっと準備が出来たってとこ。
さて。この後、書きますよ~

模様替え。

またまた一ヶ月以上経ってしまった
誰も何も変えられないままあっという間にもうすぐ7月かぁ・・・でもカコ自身は変えることできたなあ物凄く・・・

いい加減ここも模様替えしようと思って昨日やっとできた(前と違ってできあいのスキンだから大した作業じゃない)けど、なぜか今度のスキンは物凄く重いし、音ログがでてこない

そうそう。昨日じゃなかった一昨日は、久々にHMVで買い物
Defected Recordsの最新コンピで3枚組みの「For The Love of House」です何だか落ち込みがちな気分には、やっぱハウスですよハウスっ。しかも3枚組みでなんと1790円でした

For the Love of House For the Love of House
Various Artists (2006/05/01)
In the House

この商品の詳細を見る


そうだあと、スキン変えたらなぜか前に入れようとして失敗したRSSラジオがでてきたのでDefectedのポッドキャストなど入れてみました。MENUからポッドキャストを選んで、エピソードを選択すると聴けます(接続環境によっては凄く待つ)

普通の世界へ

もう普通の世界に戻って、人生を続けなければ。

そんな感じだと思ったけど、どうだろう。DuranDuranが92年だか93年かその辺に出したアルバムに入っていた「Ordinary World」という、ちょっと一般に流行った曲があった。当時DuranDuranがDuranDuranとしてアルバムを出したことで、ちょっとした話題になったと記憶している。

私が全てを捨てなければならなかった頃。

元々縁のなかったはずのもの、運命に逆らってしがみついてきた何かというものは、後で思えばかなりの初期から嫌な感じを伴い、何かにつけて壁に当たるような感覚があったというものだ。そういうものは努力を繰り返して年月の重みで何とかなってゆくように見えたとしても、未練があろうと無かろうと、捨てるしかなくなる時が必ず来る。

もう過ぎた日に泣いてすがるのはやめにしなければ。
普通の世界が広がっている。
生きて行くために、思い知らなければ。

それが例えばDJ EMMAと私を、例えば小町渉と私を、人生の勝者と敗者に分けた。
それでも私は間違ってはいなかったし、それしか取るべき道はなかったのだと思っている。ゼロに戻るしかなかった。それが私にとって一番の、いや唯一の、幸福への選択肢だったのだと今も感じる。

93年の夏が、ロングスリーブに上着の手放せる日が数日間しかないほどの冷夏だったことを覚えている人はいるだろうか。連日の雨。この世の終わりのようだったあの夏のことを、この曲を聴くたびに思い出す。
今日のように中途半端に寒く、雨の降る日には、実感を伴って思い出される。

愛する者よ、貴方は今、あの頃の私と同じ場所に立っている。
私は恐らく貴方の数倍の長さの人生を生きている。でなければ、貴方のそばにはこんなに揺るがずに留まってはいられなかったろう。
あの頃の私は孤独だった。
けれど貴方には今、私がいる。
そのことの意味を、私を失うことで思い知るのだけは、避けて欲しいと願っている。
今、あの頃切り捨てなければならなかったものが、やんわりと私を包囲し始めている。貴方に捨てられるであろう私を受け止める準備が始まったかのようにそれは遠巻きにではあれ私の世界に戻って来ようとしている。
けれどそれでも私は貴方との孤独を選ぶ。これこそが愛という物なのだろうと今では思う。この私の詭弁を、貴方は憎む。それでも私には判っている、貴方が貴方のために本来選択すべき物が何であるのかが。そのためには私は自分自身の選択の余地を捨てる。たとえ貴方がこの先の選択を間違うとしても。
それが愛という物なのだと今は解った気がしている。

新年あけちゃった。

まあ何と長い間ここを放っておいたのでしょう!
12/13(ひどく具体的)に風邪をひいて、翌日には本格的にダウン、すぐ治ると思いきやどんどん悪くなり、17日にはお手伝いしてるバンドの忘年会に這って行くはめに。前夜に頑張って入浴して、当日は髪だけ染めて洗って、やつれを隠すために普段しないメイクもバッチリして、本当に這って行った感じ。保険証を持って行こうとまで思ったくらい。ところがあまりに具合が悪かったせいで持ち忘れたと。
んま~なのになんてことでしょう!メンバーの一人は髪も染めずに白髪が目立っちゃってるし。
家に帰れば「野ブタをプロデュース」の最終回の録画も失敗してるし。
未だに後悔・・・ダーリンにダメ元で録画頼んどけばよかった(泣)

といった具合であっという間に新年。
ああ、クリスマスってのがあったか。ちまたでは。
私にはなかったわあ(ーー;)
知らぬ間にそういう宿命を選んだらしい。

あまりに具合が悪かったために、○なんかとうてい無理になっちゃって、ぐちゃぐちゃしてた頭の中も何故か整理されちゃった。かねてから思ってるんだけども、人間所詮、心の傷より体の傷なのよね。凄い苦痛を味わってると心の痛みなんか忘れるもんね。体の心配が深刻になると、それまでの悩みとか、ちっぽけに思えるもんね。

とはいえやっぱり何かにつけてどんよりしてくるわ。
きっと健康に戻ったのかな・・・。
さて。今日は今までサボった分、記事をいくつか書こうかと思ってるところ。どうせ個人ネタだろうけど・・・。

北斗物語のこと

寒いね~(ーー;)
あの14年前の今頃は、こんなに寒かったっけ???いや寒くなかったね。あの夜、西麻布のJ-TRIP ENDMAXでのパーティーを主役と一緒に(苦笑)こっそり抜け出した時に見上げた月。昨日(正確には今日)真夜中に窓から見たのと同じ月だった。不思議だ。

今たまたま聞いているのはMADONNAの「FROZEN」。これが発売された頃、既に私の超大作小説「北斗物語」は完成していた気がする。
「北斗物語」をどうしても封印するしかなかったのには理由がある。事実を書いていたというだけではなく、その事実の一片が未だ公表されることなく、人の想像し得る限りでの最強の権力層によって闇に葬られたと思われる類のものだからだ。
でも私にとってはかけがえのない思い出を7年かけて綴った大切な作品。

人は皆、自分のために人生があると信じ込んでいる。でも、

誰かのために生まれ誰かのために終わる人生というものが宿命的に実在するのではないか


という課題をこの小説には託してある。

この作品は実話を基本としながらキリスト教概念を基盤とした正統派のオカルト小説に仕立ててあったけど、伏線として「南総里見八犬伝」の設定をダブらせてもいた。
まずしょっぱなから「信乃」という人物が出てくるんだなあ。
「親父が八犬伝が好きで『犬塚信乃』から命名した」と本人が語るシーンもある。
「君、あれ(南総里見八犬伝)読んだのか!」「まさか!買ってはみたけど到底無理だよ。ただ、その前に山田風太郎の『忍法八犬伝』を読んでね。」という、「私」(男性)と彼との会話のシーンも・・・(ちなみに山田風太郎の「忍法八犬伝」は重くも軽くもなく、なかなか読み応えもあって話も独自のもので面白いからオススメ)

今日、特番で知ったけど、今度のお正月に八犬伝のドラマをやるそうで。
信乃を誰がやるのかとハラハラして見てたけど、よかった!タッキーだって!ジャニーズの滝沢秀明ね。彼はアイドルとしてはもうダメダメかなあと思っていたところにNHKの大河ドラマの主役に抜擢、どうなることやらと思ったら、まあ、いいじゃないの!!!なかなかいいじゃない。正直、ビックリした。彼は時代劇俳優としてやっていける人だったんだ・・・。アンチジャニーズの周囲もみな、感心して見てた。
そのタッキーが犬塚信乃をやるんだったら嬉しいし、楽しみだわ。
山田優に八犬士の一人をやらせるというのはどうかと思うけど・・・北野武の「座頭市」みたいに本当の男に女装させりゃいいじゃない?(最近の山田優が嫌いなだけの私です)

話がまったくFROZENどころか音楽と絡んでません(自爆)

さて・・・実際の「北斗物語」の一部分だけ転載して終わっておくかな。
ちなみに文中の「音楽」が指す曲はもちろんFROZENではない。具体的な歌手名も曲も思い出せないが、まあシャーデーみたいな感じ。


そう、理由もなく私は失意に沈み、しかも、失意なき死への衝動に取憑かれている。
何という不思議だろう。
私にも、おまえにももはや自主性などというものは存在しない。だからただこう思うだけだ、
「私たちはまだ死んでいないのだから、これから死ぬことになる、死ぬにあたっては、恐らく殺されるという形を取って。」

そして、ついに。

そう、ついに、と思う、ついに信乃から手紙が来た。

おまえがあの時言い残した言葉を、こんなに無口になってしまうその前に言った言葉を、忘れてなどいない。おまえが信乃のことでどんなに苦しんだかも知っている。

その上で、一体どうすべきなのか。

決断の時が来た。

私たちは、思えば信乃がいなければ、出逢わなかったのかも知れない。
私の、そしておまえのこの運命は、思えば私が信乃と出逢ったあの時からすでに始まっていたのかも知れない。
信乃が私たちを再び生かしてくれることになるのだろうか。
だが私ひとりにとっては逆かも知れない。そう思い、決断をためらう。

どちらにしても、私は終わる。
そういうことだ。
ためらうほどの違いはない、どうするにしても…そう解ってはいるのだが。

この音楽には、急ぐことは合っていない。
この弱々しくただ続く雨にも。
そして、薄暗い部屋、おまえのその目に見つめてもらえるのも、もうそう長くはないだろう。
だからもう一度、ゆっくりと、総てのことを思い出そう。

おまえは聞いてくれるだろうか。私がこれから話す、真実の物語を。

(「北斗物語」序章より)

HOME SWEET HOME

私が生涯を通じてずっと好きだろうと思う曲というのが何曲かある。さすがにこの年にまでなると、これだけの年月を経てもまだ聴きたい曲、いつでも聴きたかった曲、飽きることが無かった曲というのが何だか奇蹟みたいに見えてくるもんだ。
そのうちの一曲が、Motley Crueの「Home Sweet Home」。
この曲のリリースから既に20年以上経っている。リリースの頃から間もなくして私はそういうジャンルへの興味を失ってしまい、別の音に傾倒して行った。年月だけでなくそんな背景もあれば、ずっと聴き続けていたことが何やら恐ろしくもなろう(笑)

余談だけど、売れるミュージシャンには必ずそういう、神が降りたような一曲というのがある。神の降り具合にはいろいろあるみたいだけど(苦笑)とにかく、そういう神がかり的にいい曲ができて、それを機に売れたり音楽史に名を残したりする。

近年になってようやくモトリーにとっては「Home Sweet Home」がそうであったことを皆が意識するようになった気がする。他にも山ほどのバカ売れした曲があって、この曲はむしろお下劣モトリーとしてはちょっと感じが違うからファンにはそれほど人気はなかった気がする。

私にとっては当時は、辛いことがあると聴く曲だった。今宵、故郷に帰る。そんな心情。その都度、思い浮かぶ「故郷」は変わった。時には漠然とした思い出だったり、また時には気分転換に旅した先の観光スポットだったりもした。ゼロからやり直すために東京を離れようと思ったことは何度かある。その度に何故か、六本木から麻布あたりを通るとこの曲が心に浮かんで、私は実際に故郷である東京からどうしても離れられなかった。本当に愛するものを見つけた悦びと共に心に響く曲。そんな曲でもあった。


Home Sweet Home VIDEO with Chester Bennington
さて、これはモトリークルーが現在ニュースレターを通して配布しているビデオクリップの直リンク。

このHome Sweet Homeは厳密にはライブ映像ではなく、オリジナルのテイクでもなかった。バンドメンバー以外のミュージシャンたちもフィーチャーしてのHome Sweet Homeの演奏と共にニューオーリンズの被災後の様子と古きよき時代の映像が交錯する、何とも痛々しくも感動的な映像作品になっている。恐らくチャリティーなんだろう。そんなことはHRファンは常識のようにご存知なのかなとも思うけど、モトリーがただのエアロの物真似に聴こえてしまったGirls Girls Girls以降の動向を私は知らない。

感動してしまった。
あれを見て何も感じないような人はもう私がサポートしているバンドの動向を見守ってくれなくていい、そう思った。(幸か不幸かそのファンのうちの誰もここに足跡を残す様子がないから書くけど)

実生活の問題から逃げるための夢でしかないならそんな夢は見ないほうがいい。そう思ってしまった。
皆に年を忘れて若き日々の「大奥ごっこ」を今一度満喫してもらうために、年輪を重ねたバンドは活動を続けたり、再開したりするわけではない。そう信じたい。

バンドってものが好きな人には、モトリーのこのビデオを見て聴いて、もう一度、バンドって音楽って何なのか、生きるってどうすることか、自分の今の立場なりに年相応に考えて欲しい気がする。。

もう一度、余談。
「今まで戦争も、何もかも、乗り越えてきた、この故郷。今、これまでにない最大の試練が襲ってきた。けれど私たちはきっともう一度、たて直す。故郷を。」
この曲に自分が重ねてきた思いの中にはこういうのも確かにあったはずだと、再認識できた気もした私でした。

20年の居場所

CDをDISCHARGEに替えた。

ICE

今日は私にしては遅く起きた。5:15(勿論朝の)。以降、これまた珍しく、ついさっきまで(今お昼)iTunesをオンにしなかった。昨日は久々にラジオなんかつけてて(J-WAVE)そのまま寝ちゃってつけっ放しだったってのもある。
そうやって、些細なところがひとつずつ、急速に、一年ちょっと前の自分に戻っていく。いいことのように感じてる。ここ一年、人に対するいい意味での勘違いが多すぎたし、いい意味での勘違いでも勘違いである以上、それが相手にとって心地良いこととは限らないしね。

一年前までは大好きだったICEをまた聴いている。かなりいい女・国岡真由美とオシャレギタリスト(って表現したら怒られるかな)宮内和之のユニットで、彼らの外見、浮遊感のある透明なボーカル、反骨精神や社会問題提起の要素をはらむ歌詞(そういうのは宮内さんが書いてるみたいだが)、それと都会的な曲調(今どき何て表現するのかな)が、全て互いに微妙にずれながら主張していて、それがなんともカッコイイ。
ICEほどカッコイイユニットはないようにさえ思った。このところ噂を聞かないが、ちゃんと活動しててくれるかな。
最近何かの番組でチラリと、彼らの懐かしい映像を見たんだけど、今見たほうが数段カッコよかった。最初の大ヒットと言っていいい「ムーンチャイルド」くらいは誰でも聴けば思い出すと思うんだけど、当時の歌番組で国岡真由美があの曲を何と黒いPVC(解りやすく言えばエナメルというか)のボンデージファッションで歌っている映像だった。当時はボンデージがまだ流行だったからそんなに感じなかったんだと思うけれど、今見ると、合ってない、あまりに合ってない。そのファッションの破滅的で悪魔的な感じが、あの、友達から恋人へと発展したばかりの二人のかわいい幸せを歌った曲に合わない。そのミスマッチがどうにもカッコよくて、また一層やられた。また、国岡真由美のクールで都会的な美しさと合うんだなあ。
そもそも、彼女の冷たく鋭い外見と、あの声からして、合わない。
最高にセクシーでカッコイイ、素敵な、魅力的なものって言うのは、そういうミスマッチが生み出す感じなのかもね。
私にはいろんな顔があるとダーリンが言うのは、私にとってはそう悪い気のしないこと。もっとも彼のほうは辟易なのかもしれないけど(笑)

余談だけどICEがまだJ-POPのヒットチャートを賑わせていた頃、初期の黒夢が発表したシングル曲「ICE MY LIFE」のタイトルの本当の由来は、当時の清春が国岡真由美の大ファンだったという事だと当時の清春本人が言っていた。ある意味トリビア?

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